【獣医師が解説】その咳、年のせい?犬の心臓病「僧帽弁閉鎖不全症」のサインと治療法

「最近、愛犬の咳が増えた気がする」「散歩中にすぐ疲れてしまう」…
そんな変化を、単なる年齢のせいだと思っていませんか?もしかしたら、それは心臓病のサインかもしれません。
特にシニア期の小型犬に多い「僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)」は、ゆっくりと進行するため初期症状に気づきにくい病気です。
この記事では、大切な愛犬をこの病気から守るために、飼い主さんに知っておいてほしい原因や症状、治療法について、分かりやすく解説します。

そもそも「僧帽弁閉鎖不全症」ってどんな病気?

ワンちゃんの心臓には、全身に血液を送り出すためのポンプ機能があり、その中には4つの「」があります。弁は、血液が一方通行でスムーズに流れるように調整するドアのような役割をしています。
僧帽弁」は、その中でも特に重要な、左心房(さしんぼう)と左心室(さしんしつ)というお部屋の間にある弁です。
僧帽弁閉鎖不全症は、この僧帽弁というドアが、加齢などによって分厚く変形し、きちんと閉まらなくなってしまう病気です。ドアに隙間ができてしまうと、本来なら全身に送り出されるはずの血液が逆流してしまい、心臓にどんどん負担がかかっていきます。
この病気は、英語名の「Mitral Valve Disease」を略して「MMVD」とも呼ばれます。

どんなワンちゃんがかかりやすいの?

特に小型犬のシニア期(5~7歳以降)に多く見られますが、犬種によってはもっと若い年齢で発症することもあります。

特に注意が必要な犬種

  • チワワ
  • トイ・プードル
  • ポメラニアン
  • ミニチュア・ダックスフンド
  • キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル(遺伝的に若くして発症しやすい傾向があります)

もちろん、ここに挙げた犬種以外のワンちゃんや、大型犬でも発症する可能性はありますので、どんな子でも注意が必要です。

見逃さないで!こんな症状はありませんか?

病気の進行度はステージで分けられており、症状もそれに応じて変化します。

  • 初期(ステージB1):心臓の音に「雑音」が混じる程度で、目に見える症状はほとんどありません。健康診断などで偶然見つかることが多いです。
  • 中期(ステージB2):心臓が少しずつ大きくなってきます。疲れやすくなったり、散歩に行きたがらなくなったり、寝起きなどに「カハッ、カハッ」という乾いた咳をするようになります。
  • 重度(ステージC):心臓の負担が限界に近づき、「肺水腫(はいすいしゅ)」という危険な状態を引き起こします。これは、心臓からあふれた血液の水分が肺に溜まってしまう状態で、呼吸がゼーゼーと苦しくなり、溺れているような状態になります。命に関わるため、緊急の治療が必要です。
  • 末期(ステージD):お薬を使っても肺水腫を繰り返し、常に呼吸が苦しい状態が続きます。

咳や疲れやすさといった症状は、年齢や肥満によるものと見分けがつきにくいため、「年のせいかな?」と見過ごさず、一度ご相談いただくことが大切です。

どんな検査で診断するの?

当院では、ワンちゃんの体に負担が少ない検査を組み合わせて、正確な診断を行います。

  1. 聴診 まず、聴診器で心臓の音を聞き、「ザーッ」というような雑音がないかを確認します。心雑音は、この病気の最も初期のサインです。
  2. 胸部レントゲン検査 心臓全体の大きさや形、そして肺に水が溜まっていないか(肺水腫の兆候がないか)を画像で確認します。
  3. 心臓超音波(エコー)検査 心臓の中の様子をリアルタイムで観察できる、診断に最も重要な検査です。弁の形や動き、血液の逆流の程度などを詳しく評価できます。検査は10〜15分ほどで、麻酔は必要なく、痛みもありません。
  4. 血液検査 全身状態を把握するとともに、「心臓バイオマーカー(NT-proBNP)」という特殊な項目を測定します。この数値を見ることで、心臓にどれくらい負担がかかっているか、心不全のリスクがどの程度あるかを客観的に評価できます。


どんな治療をするの?

治療法は、アメリカ獣医内科学会(ACVIM:American College of Veterinary Internal Medicine)という獣医の専門家集団が定めた世界的なガイドラインに基づいて、ステージごとに決められています。
基本的には、お薬による内科治療が中心となります。血管を広げて心臓の負担を減らすお薬や、心臓の収縮を助けるお薬などを、その子の状態に合わせて組み合わせて処方します。
これらの治療は、病気を完治させるものではなく、血液の逆流を抑え、症状を和らげ、病気の進行を緩やかにすることを目的としています。そのため、一度お薬を始めたら、生涯飲み続ける必要があります。
根本的な治療として外科手術もありますが、専門的な設備が必要となるため、ご希望の場合は大学病院などの専門施設をご紹介させていただきます。

早期発見、早期治療が何よりも大切です!

僧帽弁閉鎖不全症は、命に関わる怖い病気ですが、症状が出る前の早い段階で発見し、適切な治療を始めることで、進行を遅らせ、ワンちゃんが快適に過ごせる時間を長くしてあげることが可能です。

  • 「最近、咳をすることが増えた」
  • 「前より散歩で休みたがるようになった」
  • 「シニア期に入って、心臓が心配」

少しでも気になることがあれば、それは大切な愛犬からのサインかもしれません。
心臓の検査は、ワンちゃんの体に大きな負担をかけることなく受けていただけます。
「ちょっと相談だけ」でも構いませんので、ぜひお気軽に当院までお越しください。